第五話
……フレデリック…おいで…
…君も私の一部となるのだ…
…さあああぁ早くっ!!君もクロテン氏(?)となるのだ!!!
「…うあぁぁぁああっっ!!!誰っ!!!(滝汗)……はっ!?」
ガバッと勢いよく起き上がれば視界に入るのは清潔な白いシーツ。
あれ?俺どうしたんだっけ…。
寝ぼけた頭は正確な記憶を取り出すことができず、状況がいまいちつかめずにいると、ロックウェルとロベルトが駆け寄ってきた。
「なんだ!?大丈夫か!?」
「え?あぁ…ご、ごめん(汗)ちょっと変な夢見て・・・」
心配そうな顔をしているロックウェルとロベルトを見て、慌てて険しい表情を切り替える。
…トート先生が鞭と蝋燭持って迫ってくる夢なんて…絶対に言える訳がない(汗)
…というよりこんな夢を見てしまう自分の想像力にフレデリックは死にたい気持ちになった。
「…はぁ〜びびった…。さっきの衝撃で頭がおかしくなっちまったのかと思った」
脱力したようにロベルトがベッドの脇の丸椅子に腰掛けた。
「衝撃…」
窓の外を見ればもう星が見え始めている。こんな時間まで、何してたんだっけ…と記憶を手繰れば、あぁ、ボールが当たったんだ、と思い出した。気を失うなんて、かっこ悪すぎる。変な夢は見るし、やっぱり自分みたいな運動音痴が調子乗ってサッカー部見学なんていくからバチがあたったんだ…と頭を抱えた。
「…俺、ずっと寝てたの?」
「あぁ、こいつのせいでな」
そういうとロックウェルはロベルトの頭にグリグリと拳を押し付けた。
気まずそうに苦笑しながらロベルトが両手を合わせる。
「いや〜…フレデリック。マジでごめん!!」
「ううん、全然、いいよ。もう平気だし。ってか俺こそ二人ともこんな時間までつき合わせてごめん…」
「いやいやいや、こいつが100%悪いから!」
「ごめん〜〜〜!(泣)」
必死に謝罪するロベルトがなんだかおかしくて、笑顔を見せたフレデリックにその場が和んだとき、保健室のドアが開く音がした。
「あらぁぁ〜♪やぁっと目が覚めたのね♪(投げキッス)」
三人が一斉にドアの方を見れば、甲高い声で歌うように話す、厚化粧のおばさんが腰をフリフリ入ってくるところだった…
「うわっカルロッタ先生…(汗)」
「えぇ、彼も起きたようなので、俺たちもう帰るんで!」
ロックウェルに目で合図をされフレデリックもベッドから出てそそくさと立ち上がる。
「あら、ゆっくりしていけばいいじゃなぁ〜い♪折角、お紅茶も持ってきたのよぉ♪」
カルロッタ先生は既にカップを用意し、紅茶(ティーパック)を入れようとしている。それにしても彼女が持ってきた怪しげな小瓶にはいった紫色の液体が非常に気になる…。
(やばい、食われる…(汗))
危険な匂いを察知した三人は大急ぎで支度をし、ものすごい形相で引きとめようとするカルロッタ先生を振り切り、稲妻ダッシュで保健室を後にした…。
「あぶねぇあぶねぇ…」
「な…何?あの人は保健室の先生?」
フレデリックが息をきらせながら二人に聞いた。
振り返りながら、ロックウェルが眉を吊り上げ、皮肉った笑みで答える。
「あぁ。マジ保健室の意味ねぇよ」
「あんな獣がいたんじゃおちおち休めやしねー」
保健室から遠ざかったところで安心したように息をつく二人を見ながら、この学校にはまともな先生はいないのか…と不安になるフレデリックであった。
正門を出ると左手側には大きな川が流れている。今は4月とあって、土手には満開に桜が咲いていた。夜空の月に輝く川と夜桜のコントラストは、先ほどのカルロッタおばさんの記憶も薄れるほどの美しさであった。さすがにこの時間にハプスブルク高校の生徒はいなかったが、仕事帰りの大人たちが花見をしている姿が見えた。
「うおぉいルキーニ!今日はトートの奴はどうしたぁ!?」
「へっへっへあの人はいつもどおり…おっと言っちゃぁいけねぇ(ニヤァリ)」
「なぁんだその意味深なセリフは!俺はなぁ、知ってるんだぜ、あいつが影でイケメン男子生徒とチョメチョメしているのをぉ…ヒック(酔)」
「(…チ、チョメチョメ?/汗)まぁまぁ、ラッカム先生。彼のことは気にせず、楽しく飲みましょうよ」
「エリィーザベート!俺はあんたがこの学校にいてくれてよかったよ…(酔泣)この学校ときたらまともな先公がいやしねぇ…」
「…???は、はぁ…(それは私のセリフだわ…/汗)」
「へっへっへ(謎)」
「……」
「…無法地帯だな(汗)」
自分の先生たちの醜態を見てしまったロックウェルたちは苦笑いするほか無かった。
見なかったことにして立ち去ろうとすると、ロベルトが酔狂なことを言い出した。
「俺らも花見しようぜ!」
「はぁ?」
「花見。久しぶりに飲みたくね?」
「ばぁーか。曲がりなりにも先生がいるんだぞ。例えあんな人たちでも(酷)」
あほらしい、というようにため息をつきながらロックウェルは踵を返そうとした。
「…でも、折角こんなに桜が綺麗だし、ちょっと場所をずらせば大丈夫だよ」
フレデリックが桜に見入るように眺めながら言った。振り返り、ね?とはにかみながら無邪気に微笑まれては、断れる奴はいないだろう。天使の微笑みにさすがのロックウェルも、言葉に詰まらせる。
「そぉーだそーだ!ロックウェルの頭でっかち」
「てめーはうるせんだよ(怒)…わかったよ。ただし見つかるというより、絡まれるのもごめんだからな」
ロベルトの頭を引っぱたいて、仕方ないというようにロックウェルが了承した。まぁ、あれだけ酔っ払っていればこちらにも気付かないだろう。そうと決まればコンビニで酒を仕入れなければ。
「あ、でも買える?俺たち制服だし…」
「フレデリック、こんなときのためにあいつがいるのさ☆」
「あいつ?」
……
「うぁっなぁんで来るんだよぉー(泣)」
「まぁそう言うな。酒を渡せばいいんだよ(脅)」
「渡せったって君ら未成年じゃないか…(汗)」
なるほど。近くのコンビニに足を運べば、なぜか客(ロックウェル)にカツアゲされそうになっているエミリオがいた。ロベルトは早速チューハイを両手いっぱいに抱えていた。
「えっフレデリックも一緒なのか?お前らフレデリックまで悪の道に…」
果敢にもロックウェルをにらみつけたエミリオにロックウェルが「あぁん?」と凄む。まさに蛇ににらまれた蛙状態のエミリオの目の前にビールやらサワーやらの缶がどさっと置かれた。
「よろしくな♪」
「よろしく(^^;)」
「フ…フレデリックまで…(泣)」
なぜだか基本的に要領の悪いエミリオは、彼らが出て行った後、早速店長に見つかりたっぷり絞られたのだった。
「ぷはー!やっぱ桜の下で飲む酒は上手いなっ♪」
「オヤジかお前は(汗)」
祭り状態の先生たちから少し離れた川沿いの桜の木の下を確保し、酒を飲み始める。
ロベルトなんかは既に3本空け、気分がいいらしい。お次はスピリタス様だぁ〜なんて叫びながら、フレデリックにぐいぐいと焼酎のビンを押し付けている。フレデリックはといえば、酒は弱いらしく、まだ一缶目だというのに既に頭がふらついている。
「お前、だめ。そんな飲みっぷりじゃ全然ダメ」
「えー飲んでるって…(汗)」
「お前まだそれ一缶目だろっ!ガン残しじゃん!はい♪全部全部〜♪」
「…やめねぇか!(怒)」
若い女性社員に絡むおっさん状態に成り果てたロベルトをロックウェルが一喝した。が、馬鹿真面目なフレデリックはロベルトに言われたとおり頑張って全部飲んでいた。
「おいおい、無理すんなって…」
「……」
暗闇の中、フレデリックの顔を間近で見れば、ほんのり頬は赤い。元の肌が白いだけに、その赤さは際立って見えた。
そして、空けた、と宣言するようにフレデリックは缶をさかさまにし、誇らしげにロックウェルを見た。しかし眠たそうに瞼が下がった目で凄まれても何の迫力もない。
「はいはい、わかったわかった」
そういってロックウェルは2本目の缶を開けようとするフレデリックの手を制した。なんとなくこういう普段大人しいタイプは酔わせるとめんどくさいことになるという勘が働いたからである。もう既にロベルトはめんどくさいことになってるし…と思い、後ろを振り向くとさっきまでそこにいたはずのロベルトがいない。
まさか…と思い、にぎやかな声のするほうに目を向ければ、なぜか先生達のほうへフラフラと向かっていくロベルトが見えた…。
「…っおおおぉぉぉい!!!(汗)」
猛ダッシュで問題の彼を連れ戻すと、フレデリックは既に2本目を飲み始めていた。しかもそれは世界最高のアルコール度数(96度)を誇るスピリタスに見える…(汗)
ロックウェルが戻ってくるのを見ると、彼はふらふらした足取りで立ち上がった。
「フレデリック!お前弱いんだから無理すんなって」
「ん…大丈夫」
「ケケケケケッ(謎)フレデリックの奴、顔真っ赤でやんの…ほらぁー俺が飲んでーフレデリックが飲まないーわけがな〜い♪」
調子よくリズムに乗せてわけのわからないことをほざくロベルトを二人ともシカトした。
「……ぐれてやる(泣)」
「フレデリック、とりあえず、ほら、座って」
ふらつきながらロックウェルの肩にもたれるようになんとか立っているフレデリックを、桜の幹を背に座らせる。暑いのか、ワイシャツのボタンをいくつか開け、荒い息遣いでロックウェルを見上げるフレデリックに、不覚にもドキッとしてしまった。一体この色気はどこからくるんだか・・・金の髪が少し汗ばんだ肌に張り付き、見上げる潤んだ瞳は計算しつくされたかのよう。そんなフレデリックの表情に見入っていた自分に気付き、ハッと思考を切り替える。
「(やばいやばい…(汗))水、飲めよ。アルコール薄めないと」
「ん、ありがと…」
ペットボトルに口をつけ、水を飲むたびに上下する喉が艶かしい。このまま見ているとおかしな感情が生まれてしまいそうで、ロックウェルは無理やり目をそらした。目をそらした先には、ロベルトがなぜかさめざめと泣いていたが気にしないことにした。
「ねぇ…ロックウェル」
「ん?」
「ロックウェルってさ…優しいよね」
隣に座るロックウェルの肩に頭を預け、フレデリックがつぶやく。普段そんなことを言われたこともないし、自分でも意識したことの無かったロックウェルは焦った。
それに…酒に酔って接近し、思わせぶりなことを言うのは女の手口。まぁ、フレデリックは女ではないが…なぜだか胸の高揚感は止まらなかった。
「別に…優しくねーよ」
ぶっきらぼうにロックウェルがそう言いそっぽを向くと、フレデリックはロックウェルの頬に手を当て、自分の方に向かせる。固定された視線の先の、艶めく唇に目を奪われる。
「優しいよ、俺にも。ロベルトにも。ロックウェルは皆に好かれてるもん。俺わかる」
「何言ってんだよ…」
「でも、俺はロックウェルのほんとの気持ちがわからない」
「……」
「…皆に優しいのは…本当は、寂しいの…?」
「…寂しい?」
うつろな目だけれど、真っ直ぐ見つめてくるフレデリックと目が合う。
自分の心の奥を見透かされているような気持ちになった。しかし心地よい瞳だった。
――寂しい?俺が?
質問に答えず、自問しているとフレデリックが更に距離を縮めてきた。思わず身を引くが、そっと頭を抱えるように触れられ、心臓が止まりそうになる。髪が触れる距離。
「ロックウェル…」
名前を呼ぶ声色も作られたように色香がある。
これ以上、こんな風に近寄られては、いい加減に理性が飛ぶ。それでもフレデリックを拒絶することができなかった。
眉をひそめ、今にも泣き出しそうな顔をしてフレデリックが再び言葉を発する。
「…ごめんね」
「な、何が」
「ほんと、ごめん。俺、もう我慢できない…」
「……?」
「…うっ!(汗)ごめ…」
「はっ……!?!?!?!?!?」
ガクッと彼の力が抜け、下を向いた。そして、金の髪の美しい彼は、ロックウェルの白いワイシャツの上に大量の酒をこぼした。胃液と共に…(汗)
「…………う…うそだ…(涙)」
そのままばったりと崩れ落ち、寝てしまったフレデリックと、はるか彼方でいじいじと草をむしりとってるロベルトを交互に見、ロックウェルは呆然とその場に立ちつくしていた…。
次の日……
「おはよーロックウェル。ねぇ俺さぁ、昨日結構飲んだじゃん?でもなんか今日スッキリしてんだよねー。俺酒強くなったのかも〜(*^^*)」
「…そう……よかったな……(遠い目)」
昨日の大失態の部分だけ都合よくきれいに忘れて無邪気に話しかけてくるフレデリックに、まさか真実を言うことができない自分はやはり優しいのかもしれない…などとぼんやり思うロックウェルだった……。